協会概要

沖縄県ユースホステル協会
〒900-0026那覇市奥武山51(沖縄国際YH内)
TEL:098-857-3152
メール:info@okinawa-yha.org
昭和36年12月13日設立
初代会長:大田政作
会長:比嘉幹郎
理事長:大浜皓

昭和36年~45年

 時は、緩やかに流れているようでも、振り返ってみると大きく変化していることに気づくものである。
昭和20年あのいまわしい太平洋戦争も最終局面を迎え、4月にはついに米軍が沖縄に上陸し、軍人・県民約20万人の戦死者を出し、6月23日軍司令官の自決によって終了した。以後、日本本土と行政権が切り離されアメリカの統治下に置かれた。
沖縄ユースホステル協会が結成されたのは昭和36年12月13日で、那覇琉米文化会館で設立総会が開かれ、事務局を琉球政府文教局保健体育課内に置き、青少年活動・野外活動の中心的役割をはたした。
そのころは、沖縄へ渡航する時もパスポートを必要とし、鹿児島に上陸する際は、関税の厳しい検査を受けなければならず、また、YHでも「日本語が上手ですね」と言われたり、企業見学の際は、「通訳はいないがどうしましょうか」と聞かれ、逆に戸惑ったことなども、今は、過去の笑い話となった。

昭和46年~55年

 指導者も育ち、グループ活動も活発となって、昭和46年には九州地区ユース・ラリーを当地で開催した。参加者は九州地域外からも多数の参加者があり、大いに友情を深めることができた。
昭和47年5月本土復帰が実現し、名称も沖縄県ユースホステル協会と改正した。本土と自由に従来できるようになり、沖縄を訪れるホステラーも増え、昭和48年7月に待望のJYH直営の那覇ユースホステルが開所し、県協会事務局もYH内に移り、YH活動の拠点となり、主催事業も数多く催す事ができた。
また、石垣島・竹富島・西表島にも民営のYHが開設し、昭和50年には沖縄国際海洋博覧会も開催され、県YH活動も益々活発となった。
しかし、第1次・第2次の石油ショックなどで我が国の経済が落ち込み、会員数も昭和54年をピークに逐年減少するに至った。

昭和56年~

 会員数は引き続き減少傾向が続き、主催事業の参加者も減り活動者も少なくなる中で、活性化を計る為、昭和61年全国レクリエーション大会、昭和62年21世紀を担う青少年の集い等のホステリング部門を受け持つなどの努力を重ねた結果、ようやく会員数も増加に転じた。しかし事務局体勢の充実、指導者の育成、グループ活動の活性化等今後克服すべき課題は多い。